大阪生まれ、大阪育ち。純粋な日本人ですが、生まれた時からアリーと呼ばれていました。
若い頃、映画『スタンド・バイ・ミー』に憧れ(学芸大学にあるスタンドバインミーのバインミーにも惚れ込んでいますが)、『ビバリーヒルズ高校白書』の世界を夢見てテネシー州立大学へ留学。そして20歳の時、何の巡り合わせかハワイ大学へ編入し、卒業しました。
ハワイ大学ではアジア学を専攻し、仏教などの勉強をして卒業。その後の人生に大学での知識は役に立たないと思いながら生きてきたが、最後に結びつくんだなぁ。
ハワイでは波乗りと運命的な出会いを果たし、海の魅力にすっかり取り憑かれることに。まだ世の中に「ブログ」なんて言葉が浸透していなかった時代から、ハワイの海に関する日誌を毎日のようにネットへ書き連ねていたのが、私の情報発信の原点です。
大学卒業後に帰国したものの、待っていたのは「就職氷河期」という重たい現実。アメリカの大学卒で「人より少しパソコンが触れた」というだけの理由で、当時バブルだった携帯インフラ会社に滑り込みました。
しかし、「このまま満員電車に揺られて人生が終わるのか……?」と思い詰めていたある日、通勤バスの車窓から見えた不動産会社の求人ポスターに目が留まり、吸い寄せられるように飛び込みました。なぜあの時そう動いたのか、今でも理屈では説明がつきません。
完全歩合制のその会社はもちろん即採用。「手取り足取り教える」なんて文化はなく、先輩の背中と技を眼で盗む日々。
ちなみに先輩たちの営業スタイルは、普通の会社なら即アウト(社会不適合)な個性派ばかり。ただ、物件の情報力はもちろんのこと、何よりその「人間力」にお客さんが惚れ込んで契約を決めていく。その姿を見て、私は不動産の世界に一気にのめり込んでいきました。
そこで自分なりに掴んだ、ひとつの答えがあります。
「売った後、その人が本当に買って良かったと心から実感する姿を想像する。そして、そうなるよう全力を尽くす。その人とは、一生涯繋がっていく。」
完璧にはできなくても、これを愚直に追求し続ければすべての問題は解決し、結果はあとから必ずついてくる。
この信念を胸に、2013年、縁のあったハワイの小さな不動産会社を買収して単身移住を決断しました。
アメリカでのビジネスの経験もなく、騙された結果に購入した会社。ハワイ不動産業界、また狭い日本人社会の裏側もしれっと今後紹介します。
最初は管理物件わずか4件。同情してくれた管理物件のオーナーさんの部屋を安く借り、何もないガランとした部屋に布団を1枚だけ敷いて寝る、売上ゼロからのリスタートでした。
それでも、管理を任せてくれる物件があるだけでありがたかった。トラブルが日常茶飯事のハワイ不動産、労務、税務の泥臭い実務を、最初の1年で徹底的に体に叩き込みました。
周りを見渡せば、華やかなハワイのエージェントばかり。「売ったらサヨナラ」で、日本の管理実務や投資・税務のツボを押さえている人はほとんどいない。「これは絶対にチャンスがある」と確信。
売って終わりではなく、管理も引き受け、売った後も一緒に飯を食い、ゴルフへ行き、その街やコミュニティごと好きになってもらう。
自分の時間を切り売りして犠牲にするのではなく、自分も一緒に人生を楽しむ。そのためにサーフィンをし、ゴルフの腕を磨く。大阪での経験が役に立った。
そして1年後に家族を呼び寄せました。
その後私は時代に乗った。
書くのが好きでほぼ毎日ブログを書き続け、ハワイ大学時代から数えて約15年。愚直に書き溜めたブログには温かいファンがつき、ブログランキングでもいつしか常にトップを走るようになっていました。
【これまでに書いてきた過去ログの軌跡】
1996年〜 ハワイ大学の波乗り仲間と立ち上げたWeblog(当時は「ブログ」という単語すらありませんでした)
jsurfers.com(すでにドメインもサーバーも消滅。残しておけばよかった……)2005年1月〜 日本とハワイの海を綴ったブログ
longboard.jp(https://longboards.jugem.jp/)2007年12月〜 ハワイのリアルな情報をお届けしたブログ
livehawaii.jp(https://livehawaii.jugem.jp/)2013年9月〜 ハワイの会社を買い取った頃、文字通り必死のパッチで書き殴った記録
arry.jp(https://arry.jugem.jp/)新体制へ引き継いだ現在のブログ
https://leihawaiirealty.com/blog-new/
通算約30年近く文字を書き続け、時代の変化とともに発信の軸はInstagramやYouTubeなどのSNSに移りました。
コロナ禍を機に始めたYouTubeで再び火がつき、街や空港で知らない方から「アリーさん」と声をかけていただく機会も増えた。運が良かったのか、しつこく続けた努力の賜物か。
昔ながらのバブルで潤った不動産エージェントの時代から、パッと出の変な関西弁を話す男(男の営業自体がいまだにハワイでは珍しいが)が、SNSにより活躍できる時代への世代交代の時期でした。
気づけば月に1本以上のペースで売買を成立させ、預かる管理物件は100件を突破。
SNSでの発信、泥臭く培った不動産の知識、現場目線の管理ノウハウ、そして英語。そのすべてが一本の線で結びつき、ハワイでひとつの「成功」(自分で言うのも気恥ずかしいですが、私という人間を知ってもらうためにあえて書きます)を掴み取ることができました。
立ち上げから育て上げ、自分自身も成長させてもらった「レイハワイ不動産」。この会社を「ハワイNo.1の不動産会社」という次のステージへ押し上げるための土台は作り終えました。しかし、そこから先へ進むには、より大きな資本と強固な組織力が必要でした。
息子が日本の大学へ進学することを決め、ハワイで数多くのオーナーさんたちの人生観に触れる中で、「自分自身がやり残したこと(もっと旅をして、もっとゴルフを楽しむこと)」に気づかされました。50代は、身体が思い通りに動く最後の黄金期かもしれない。
時間は有限(諸行無常「万物は移ろう=手持ちの時間は二度と戻らない」)。だからこそ、今この瞬間を味わい尽くす。でた、仏教の知識!
そう考え、2025年に会社の売却を決断しました。
今でも、これまで出会ったほぼ全てのお客さんと繋がっています。ハワイで一緒にラウンドを回り、日本に帰れば美味い飯を一緒に食べ、国内の素晴らしいご自宅や別荘にお邪魔させていただく。趣味の合うオーナーさん同士や現地の仲間を引き合わせ、新しい輪が広がっていく。
私にとっては当たり前の日常ですが、そんな付き合い方をビジネスの本流として続けているエージェントは、少なくとも今のハワイには他にいないと自負しています。
現在もハワイに拠点を置き、レイハワイ不動産のエージェントとして売買のお手伝いは続けています。
ただし、今の基準は「人生を楽しむことを最優先にする」こと(これが何より大事!)。
ハワイという最高の舞台で、オーナーさんと本気で遊び尽くす。それこそが今の私の最高の生き方です(もちろんこれに報酬は発生しません。ゴルフで負けたら美味いビールをおごるだけ)。
掲げている「パーソナルコンシェルジュ」という肩書きも、元を正せば私が皆さんと人生を楽しむために作ったようなものです。
「何もしなくてもハワイを満喫できる。極端な話、アリーがいなくても心底楽しめる。」
オーナーさんがその境地に達するまで伴走し切るのが、私のエージェントとしてのゴール。そこまで見据えた上で、売る時はプロとして本気で売る。
そして今、このSubstackという場所で、少し肩の力を抜いて、これまで経験してきたリアルやハワイの空気感を綴っていこうと思い立ちました。
このアカウントでは、ハワイ生活20余年で培った「暮らし」「ビジネス」「お金」のリアル、完全に私目線で選ぶ「今ハワイで本当に熱いモノ」、そして様々な立場から自由になった今だからこそ明かせる裏話や、実業を通じて出会った各分野のトップランナーたちの生き様をお届けしていきます。
いつかハワイの海か、緑の芝の上で、皆様とご一緒できる日を心待ちにしながら。
これまで私を育ててくれた方(騙して頂いた方にも)に感謝しながらの最初の執筆、投稿?
2026年9月21日
アリー岡野
▼ アリーハウスのサイトには、お勧めのハワイ不動産情報から、業界の裏側をご紹介しています。








